日本整形外科学会の調査によると、日本で腰痛の人は約3000万人いると推計され、日本人の約8割が生涯のうちに一度は腰痛を経験するともいわれています。
一口に腰痛といっても、その原因はさまざまです。腰痛を原因別に分類すると、腰部脊柱管狭窄や椎間板ヘルニアなど腰の神経の障害によるものや内臓の病気、脊椎の病気などがあります。しかし、原因を特定できる腰痛は全体の約15%です。残りの約85%は、原因を特定しにくい「非特異的腰痛」と呼ばれます。腰痛全体の約85%を占める非特異的腰痛の多くは、腰の椎間関節や筋肉・筋膜などに原因があるとされ、一般に「腰痛症」や「坐骨神経痛」などと診断されます。
腰痛のなかでも、重いものを持ち上げた拍子などに、急に痛みが現れる「ぎっくり腰」を経験したことのある方は多いでしょう。欧米では<魔女の一撃>と呼ばれるほど発症時の痛みは強烈です。グキッと一瞬にして腰に力が入らず、姿勢を変えようと体を動かすと痛みが走るので、「立てない」「動けない」「はうように」という表現を多くの経験者が語るのが、ぎっくり腰の特徴です。
ぎっくり腰は、医学的には「急性腰痛症」といい、急に発症した腰痛全般を指します。前述した非特異的腰痛の腰痛症の一種です。ぎっくり腰を起こしやすいのは、「前かがみの姿勢」や「急に姿勢を変えたとき」。床に落ちた物を拾おうと腰を曲げ伸ばしをした、人に呼ばれて後ろを振り返ったなど、日常のわずかな動作がきっかけで起こります。
原因として、筋肉や骨、背骨のまわりの軟骨、椎間板のトラブルなどが考えられますが、画像検査を行っても映し出すことができないことが多く、ほとんどの場合、原因がわかりません。
ぎっくり腰の対処法、治療法ですが、発症直後、痛みが強いときには、腰に負担がかからない楽な姿勢をとるようにしてください。「膝の下にクッションを入れ、腰と膝を軽く曲げて寝る」「膝を軽く曲げて横向きに寝る」などの姿勢が勧められます。ほとんどの場合、痛みは2、3日で軽くなり、1週間程度で軽快します。
整形外科を受診した場合は、症状、経過、問診による診察初見、画像診断などをもとに、どんな腰痛なのかを見極めたうえで、ぎっくり腰(急性腰痛症)と確定診断できたら、まず激痛をやわらげる治療を行います。内服薬や湿布剤などの薬を用いたり、局所麻酔薬を注射する「トリガーポイント注射や神経ブロック」を行なったり、コルセットなどの装具を用いたりするほか、医療機関によっては関節の状態を変えるため体をほぐす「マニプレーション」などの手技を行うこともあります。症状が落ち着いてきたら、腰痛に効くマッサージやストレッチ、筋トレ、治療体操など運動療法を指導し、ぎっくり腰の改善と再発予防に取り組んでもらいます。
以前は、ぎっくり腰を起こした後は、数日間は安静にすることが大切だといわれていました。しかし、近年では3日以上の安静は良くなく、痛みの範囲内で動いた方が良いとされています。さまざまな研究結果から、普段通り動いた人の方が、3日以上安静にした人よりも、その後の経過が良いことが分かっています。発症から2、3日後に痛みがやわらいだころから、多少の痛みを我慢して、動かせる部位は積極的に動かすようにしましょう。
ぎっくり腰を経験すると、その後の1年間で約4分の1の患者さんが再発するというデータがあります。再び<魔女の一撃>に苦しまないためにも、常日ごろから腰にできるだけ負担をかけないことが大切です。そのためには、ぜひ次の4つを守りましょう。
1、無理な姿勢をとらないこと。前かがみの姿勢や重いものの持ち運びなど、腰に悪い生活習慣をなるべく避けるようにしてください。
2、猫背や片脚だけに重心をかけるなど、悪い体の使い癖に気をつけること。また、長時間の腰かけを避け、時折姿勢を変えるように工夫しましょう。
3、肥満を防ぐこと。太っていると体重が重い分、腰に負担がかかって腰痛が起こりやすくなります。
4、適度な運動や体操、ストレッチを行うこと。腰痛の軽減・予防に効果が期待できる運動や体操がさまざまなメディアで紹介されています。無理のない範囲で日常生活に取り入れ、楽しく体を動かしながら腰椎を支える腹筋や背筋を鍛えましょう。また、腰まわりのストレッチを習慣づけることも大切です。
多くのぎっくり腰は、急いで受診する必要のないものですが、加齢などによる腰椎の劣化の進行具合によっては、ぎっくり腰をきっかけにして徐々に腰部脊柱管狭窄や椎間板ヘルニアなどの慢性腰痛に移行していく場合もあるので注意が必要です。
また、患者さんの基礎疾患の有無、痛みの現れ方などによっては、別の怖い病気が隠れているケースもあります。絶対に見逃してはいけない腰痛は、悪性腫瘍が脊椎に転移したために起こる腰痛(転移性脊椎腫瘍)、脊椎に菌やウイルスが感染した状態に伴う腰痛(感染性脊椎炎)などです。こうした疾患の場合、かなり強い痛みが安静時や夜間でも持続するという特徴があります。
●安静にしていても腰の痛みが強い。
●胸や背中など、体の別の部位まで痛みが響く。
●脚の痛みやしびれ、排尿困難などの症状を伴う。
●全身の発熱を伴っている。
●最近、転倒などをして腰を痛めたことがある。
以上のような項目に該当するなら、早急な治療を必要とする腰痛の可能性が高いので「すぐに受診」をお勧めします。
一般的な腰痛に対する代替療法は、鍼灸、整体、整骨・接骨、カイロプラクティックなどいろいろあります。これらのなかには、腰痛の種類や原因となる病気、患者さんの状態や年齢によっては向かないもの、避けた方が良いものなどもあり、適応は限られています。整形外科医の診断のないまま、適さない代替療法を行なって、正しい治療を進めるべき時期を過ごしてしまい病状、症状を悪化させてしまうケースも少なくありません。
どの治療をどんなタイミングで選択していけばいいのかは、ケースごとに違ってきます。まずは信頼できる整形外科医の診断を受けて、よく相談してみてください。
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